リハビリの向こう側
- 人生をまとめるための時間 -
訪問看護をしていると、在宅生活を続けるか、施設へ入所するかという選択に立ち会うことがあります。
本人にとっても、ご家族にとっても、大きな決断です。
けれど、その決断に十分な時間があるとは限りません。
身体機能は少しずつ低下していきます。
転倒の危険は高まり、介護負担も増えていく。
本人も家族も考えたい。
話し合いたい。
それでも、身体の変化は待ってくれません。
私は以前、そんな利用者さんと出会いました。
足りなかったのはADLではなく、時間だった
その方は高齢で、身体機能の低下が進んでいました。
在宅を続けるのか。
施設へ入所するのか。
本人も家族も悩んでいました。
しかし、考える猶予は日に日に少なくなっていました。
そんな時に教わったことがあります。
リハビリには、機能回復だけではない役割があるということです。
リハビリによって身体機能を維持できる。
転倒リスクを減らせる。
介護負担を少し軽くできる。
その結果として生まれるものがあります。
それは、
本人と家族が考えるための時間です。
私はその時、
足りなかったのはADLではなく、時間だったのかもしれないと思いました。
時間稼ぎのリハビリ
「時間稼ぎ」と聞くと、後ろ向きな言葉に聞こえるかもしれません。
しかし私は、とても価値のある支援だと思っています。
なぜなら、その時間の中でしかできないことがあるからです。
本人は自分の気持ちと向き合う。
家族は介護について考える。
お互いに話し合う。
そして、自分たちなりの答えを探していく。
もし十分に考える時間がないまま施設入所となれば、
「あれで良かったのだろうか」
という思いが残るかもしれません。
しかし、悩み、考え、話し合った末の選択であれば、
たとえ同じ施設入所であっても意味は大きく変わります。
説得より納得
私は訪問看護を続ける中で、
「説得より納得」
という言葉を大切にするようになりました。
在宅が正解なのではありません。
施設が正解なのでもありません。
本人や家族が納得できることが大切なのだと思います。
そして納得には時間が必要です。
私たちは、その時間を支える仕事をしているのかもしれません。
人生をまとめるための時間
高齢になると、人は自然と過去を振り返るようになります。
若い頃の仕事。
家族との思い出。
嬉しかったこと。
苦しかったこと。
後悔していること。
誇りに思っていること。
訪問していると、そのような話を聞く機会が増えていきます。
私は最近、人は人生の最後に自分の人生を整理しようとするのではないかと思うようになりました。
人生を振り返り、
意味を見つけ、
受け入れ、
そして自分なりにまとめていく。
その時間は、とても大切なもののように思います。
リハビリの向こう側
リハビリ職は身体機能を支援しています。
訪問看護師は医療や生活を支援しています。
役割は違います。
けれど向いている方向は同じです。
リハビリは、その人が人生と向き合う時間をつくる。
訪問看護は、その人なりの向き合い方を支える。
私たちが支えているのは、歩行やADLだけではありません。
その人が自分の人生に納得していく過程なのかもしれません。
だから私は思います。
リハビリの価値は、歩けるようになることだけではない。
その人が人生を振り返り、
家族と話し合い、
納得して次の選択へ進むための時間をつくることにもある。
それこそが、
私が在宅の現場で教わった
「リハビリの向こう側」
なのだと思います。
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