これは、私が訪問看護師になって間もない頃のお話です。
当時の私は、病棟看護で学んだ方法をそのまま在宅へ持ち込んでいました。
服薬管理を依頼された利用者さんとの関わりの中で、自分自身の未熟さと向き合うことになった出来事があります。
当時、服薬管理を目的として訪問看護が開始となった利用者さんがいました。
私は何とか薬を飲んでもらおうと考えていました。
飲み忘れがないように。
きちんと内服できるように。
病状が悪化しないように。
そんな思いで関わっていました。
けれど現実には、思うように服薬は進みませんでした。
ある日、私は利用者さんに声を荒げてしまいました。
「何故、薬が飲めないのですか?」
今振り返ると、その言葉は利用者さんへ向けたものではなかったように思います。
本当は、
「どうして私はうまく支援できないのだろう」
という、自分自身への苛立ちだったのかもしれません。
当時の私は、そのことに気付いていませんでした。
病棟では、
薬を飲むこと。
治療を継続すること。
症状を安定させること。
それらが大切な目標になります。
もちろん在宅でも大切です。
けれど在宅では、
「なぜ飲めないのか」
だけではなく、
「どんな生活をしているのか」
「何に困っているのか」
「薬に対してどんな気持ちを持っているのか」
を知ることも同じくらい大切です。
当時の私は、薬を見ていました。
けれど、その人の生活や気持ちを十分に見られていなかったのだと思います。
訪問看護を続ける中で、多くの利用者さんから学ばせて頂きました。
病棟で身につけた知識や技術は大切です。
けれど、それをそのまま在宅へ当てはめれば良い訳ではありません。
その人には、その人の生活があります。
その人には、その人の理由があります。
在宅看護は、正しい方法を当てはめることではなく、その人の暮らしに合う形を一緒に探していくことなのだと思います。
今でも時々、この出来事を思い出します。
「何故、薬が飲めないのですか?」
あの頃の私は、本当に答えを知りたかったのだと思います。
けれど、答えを急ぐあまり、その人自身を見ることができていませんでした。
訪問看護師として大切なことを教えてくれた、忘れられない出来事のひとつです。