故郷を一緒に歩いた日

5年間訪問させていただいた利用者さんが、ご自宅でご家族に見守られながら、ご逝去されました。

 

訪問開始当初は、何とか杖歩行ができていました。

 

ですが病状の進行に伴い、徐々に車椅子生活となっていきました。

 

その方は、

 

「最期まで自宅に居たい」

 

という希望を持たれていました。

 

今回は、その利用者さんと過ごした時間の中で、今でも印象に残っている出来事について綴っています。

 


一度だけの外出

車椅子生活となってからは、受診以外で外出されることはほとんどありませんでした。

 

そんな中、

 

「買い物へ行きたい」

 

という思いを伺い、一度だけ近所のドラッグストアへお連れしたことがあります。

 

その方は、とても気丈な方でした。

 

腰痛と闘いながらも、最後まで弱音を吐かれることはありませんでした。

 

短い時間でしたが、

 

「自分で商品を選ぶ」

 

という当たり前だった日常を過ごされたことが、とても嬉しそうに見えました。

 

私たちにとっても、大切な思い出になっています。

 

故郷を一緒に歩いた日

病状の進行により、その方は故郷へ帰ることが難しい状況でした。

 

ある日、

 

「昔住んでいた場所を、もう一度見てみたい」

 

というお話になりました。

 

そこで、Googleストリートビューを使って、一緒に故郷の景色を辿ってみることにしました。

 

実際に帰郷できたわけではありません。

 

ですが、

 

「ここに商店があったんだよ」

「この道をよく歩いたんだ」

 

と、昔話に花が咲き、とても喜んでおられました。

 

画面越しではありましたが、

 

あの日、一緒に故郷を歩いていたような時間だったことを、今でもよく覚えています。

 

家族のように関わらせていただいた時間

その方とは、

 

利用者さんと看護師という関係を越えて、

 

家族のように関わらせていただいた時間が多かったように思います。

 

訪問の中では、

 

医療処置やケアだけではなく、

 

・何気ない会話

・昔の思い出

・日々の小さな出来事

 

を、一緒に共有していました。

 

在宅療養では、

 

“生活”

 

そのものへ関わっていくことの大切さを、改めて感じさせていただきました。

 

最期まで、自宅で過ごしたい

「最期まで自宅に居たい」

 

その希望を叶えられたことは、本当に良かったと思っています。

 

ご家族のご厚意により、

 

納棺・出棺まで立ち会わせていただき、

 

お別れの会(偲ぶ会)にもお招きいただきました。

 

利用者さんへ関わらせていただいた他スタッフや、ケアマネジャーと共に、最期まで見送らせていただけたことを、とてもありがたく感じています。

 

看取りのあとに残るもの

看取りというと、

 

“最期の瞬間”

 

へ意識が向きやすいかもしれません。

 

ですが実際には、

 

その人と積み重ねてきた日々があって、

 

その延長線上に、最期の時間があります。

 

ドラッグストアへ行ったこと。

 

故郷を一緒に歩いたこと。

 

何気ない会話を重ねたこと。

 

そうした日常の積み重ねが、今でも静かに心へ残っています。

 

人との繋がりの大切さを、改めて感じさせていただいた出来事でした。

 

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訪問看護では、医療や介護だけではなく、その人が大切にしてきた“暮らし”や“思い出”にも関わらせていただくことがあります。

今回の関わりは、「最期まで自宅で暮らす」ということの意味を、改めて考えさせていただいた時間でした。