在宅療養では、教科書通りにいかないことが多くあります。
「良かれと思って行ったことが、別の課題へ繋がっていた」
「できていないことばかり見ていた」
「正解だと思っていた関わりが、実は違っていた」
そんな経験を、私たちも日々積み重ねています。
このページでは、利用者さんやご家族との関わりの中で感じたこと、うまくいかなかったこと、そこから学ばせていただいたことを、「在宅療養の現場から」として少しずつ綴っています。
訪問看護の現場には、マニュアルだけでは語れない、“生活”があります。
在宅療養では、利用者さんやご家族から教えて頂くことがたくさんあります。うまくいかなかったことや、思い込みに気づかされたこと。訪問看護師として成長するきっかけになった出来事を綴っています。
訪問看護を始めたばかりの頃、服薬できない利用者さんに声を荒げてしまったことがありました。
振り返ると、私は薬を見ていて、その人の生活や気持ちを十分に見られていなかったのかもしれません。
病棟看護と在宅看護の違いを教えて頂いた、忘れられない学びについて綴っています。
在宅でのリハビリは、「運動をすること」だけでは続かないことがあります。
その人の生活や気持ちに寄り添いながら、一緒に方法を探していくことが大切なのだと感じています。
リハビリを「やらされるもの」ではなく、自分で選ぶ形へ変えたことで見えてきた関わりについて綴っています。
→ 「リハビリしましょう」では動けなかった
「歩きましょう」では続かなかった方が、自らトイレへ向かうようになった生活リハビリのお話です。
→ リハビリより、レモンティーだった
退院して間もない利用者さんが膝を怪我され、ご夫婦は申し訳なさそうに謝られました。
在宅は治療の場ではなく生活の場です。原因を探すことよりも、次の暮らしへ繋げることの大切さを感じたお話です。
利用者さん同士が支え合える関係を作れないかと考えた取り組みについて綴っています。
→ 虹色プロジェクト
認知症ケアでは、「できないこと」に目が向きやすくなります。
ですが実際には、“どう関わるか”によって見えてくる景色が変わることがあります。
管理しやすさではなく、“本人が意識できる形”を考え直した服薬支援のお話です。
→ 服薬カレンダーをやめた理由
認知症により入浴が難しくなった利用者さんとの関わりを通して感じた、“タイミング”の大切さについて綴っています。
→ タイミングが合わなかった
不安を「なくす」ことだけでは、うまくいかないことがあります。在宅では、その人の生活や考え方に合わせながら、一緒に不安へ向き合っていくことが大切なのだと思います。
在宅療養では、身体だけではなく、“その人らしさ”や“尊厳”へ関わらせていただく場面があります。
その積み重ねが、看取りへ繋がっていくこともあります。
在宅療養では、利用者さんだけでなく、ご家族もまた悩みながら日々を過ごされています。「支えたい」という想いが強いほど、焦りや不安、時には苦しさに繋がることもあります。訪問看護は、利用者さんだけを支える仕事ではありません。ご家族の想いや関係性にも目を向けながら、“その人らしい暮らし”を一緒に考えていくことも大切な役割だと感じています。
認知症により生活が変化していく中で、親子関係が少しずつ「介護者」と「要介護者」の関係へ変わっていったご家族のお話です。怒りや焦りの奥にあった、“元気でいてほしい”という想いについて綴っています。
精神疾患のある利用者さんを支える母親は、時に厳しく関わっていました。その背景にあったのは、「親なきあと」への強い不安でした。 “見守ること”も支援のひとつなのだと感じた家族支援のお話です。
在宅療養では、病気や障害だけではなく、その人が大切にしてきたものや人生そのものに触れさせていただくことがあります。利用者さんとの関わりの中で教わった、生きること、老いること、そして人生について綴っています。
訪問看護の現場では、
教科書通りにいかないことがたくさんあります。
だからこそ、
利用者さん、ご家族、そして私たち自身も、
一緒に悩み、一緒に考えながら進んでいくことが大切なのだと思います。
在宅療養では、
人の老いや病気、そして最期に向き合う場面も少なくありません。
ですが、
私たちが利用者さんから教えて頂いているのは、
“死”だけではなく、
「今をどう生きるか」
という、“生”の大切さです。
歩くこと。
食べること。
眠ること。
笑うこと。
誰かと過ごすこと。
その一つひとつが、
その人の人生なのだと思います。
この「在宅療養の現場から」が、
在宅療養や訪問看護について、
少しでも身近に感じていただけるきっかけになれば嬉しく思います。