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コンパス誓詞

 

訪問看護を始めた頃の私は、正しい答えを探していました。

どうすれば転ばないのか。

どうすれば病状が悪化しないのか。

どうすれば困りごとを解決できるのか。

看護師として、それが大切なことだと思っていました。

もちろん今も大切です。

けれど、訪問看護を続ける中で気付いたことがあります。

人生には、正解だけでは測れないことがあるということです。

 

危険があると分かっていても、自宅で暮らしたい人がいます。

塩分制限が必要だと分かっていても、好きな漬物を食べたい人がいます。

家族に迷惑をかけたくないと言いながら、本当は誰かを頼りたい人もいます。

 

私は何度も迷いました。

何が正しいのだろう。

何を勧めるべきなのだろう。

何を支えるべきなのだろう。

 

その中で少しずつ分かってきたことがあります。

看護師が持っているのは地図かもしれない。

けれど、利用者さんが進みたい方向を決めるのは、利用者さん自身のコンパスなのだということです。

 

だから私は、

答えを示す人ではなく、

コンパスを探す人でありたいと思うようになりました。

 

訪問看護を続ける中で、

利用者さんやご家族から教わったこと。

そして、私自身が迷いながら見つけたこと。

その覚え書きとして、

「コンパス誓詞」を残しておこうと思います。

 

 

 

われはここに誓わん

利用者さんやご家族の人生を

わが価値観のみで測らざることを

 

われは努めん

困りごとを解決することのみに囚われず

その困りごとを理解しようとすることを

 

われは忘れざるべし

人にはそれぞれの人生があり

それぞれの幸せがあることを

 

われは急がざるべし

説得より納得を大切にし

正しい答えを示すよりも

その人らしい答えを共に探さんことを

 

われは知るべし

看護師の持つ地図が

必ずしも利用者さんの進みたい方向を

示しているとは限らぬことを

 

われは信ぜん

利用者さんの中にあるコンパスを信じ

その向きを共に探し続けることを

 

われは忘れざるべし

優しくあり続けるためには

まず自らも満たされることが必要であることを

 

われは利用者さんとご家族

そして共に働く仲間を大切にし

その人らしく生きるための

ひとコマを作ることに力を尽くさん

 

 

 

今も私は迷います。

利用者さんと一緒に悩みます。

何が正しいのか分からないこともあります。

 

それでも、

利用者さんの中にあるコンパスを信じたい。

その向きを共に探し続けたい。

 

この誓詞は、

誰かに守ってもらうためのものではありません。

私自身が忘れないための覚え書きです。

訪問看護を続ける中で、

何度も立ち返るためのコンパスです。

 

こうすると、

「コンパス誓詞」そのものが主役になります。

そして最後の

 

この誓詞は、私自身が忘れないための覚え書きです。

 

 

 

 

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