精神科訪問看護で関わっていた利用者さんのお話です。
当時、その方は幻聴や強い不安に悩まされていました。
外出することも難しく、日常生活にも大きな影響が出ていました。
訪問時も不安な気持ちを話されることが多く、生活の立て直しには時間がかかりました。
主治医による薬剤調整や、関係機関との連携を続ける中で、少しずつ症状は落ち着いていきました。
やがて作業所へ通えるようになり、生活リズムも整っていきました。
私は、その変化を見ながら、
「薬が合ってきたのだろう」
と思っていました。
もちろん、それは間違いではなかったと思います。
けれど、後になって気付いたことがあります。
作業所へ通うようになった利用者さんは、そこで知り合った他の利用者さんと親しくなりました。
最初は作業所の中だけの関係でした。
しかし次第に、
電話をしたり、
一緒にカラオケへ行ったり、
作業所以外でも交流するようになりました。
訪問時には、
「昨日も電話があったんです」
「今度カラオケに行くんです」
そんな話を聞く機会が増えていきました。
私はそれを微笑ましく聞いていました。
けれど、その関係には思っていた以上の意味があったようです。
ある時、利用者さんがこんな話をしてくださいました。
「〇〇さんから電話が来るんです」
私は、
仲が良いのだな、
くらいに思っていました。
すると利用者さんは続けました。
「私と話すと落ち着くらしいんです」
その言葉を聞いた時、少し驚きました。
私はこれまで、
利用者さんが支えられる側だと思っていたからです。
けれど実際には、
相手の方も利用者さんとの会話に安心感を得ていたのでした。
支えられているだけではなかったのです。
支えてもいました。
私は長い間、
生活が安定した理由を薬剤調整の効果だと思っていました。
もちろん、それは大きな要因だったと思います。
しかし今振り返ると、
それだけではなかったように感じます。
作業所へ行けるようになったこと。
そこで人と出会えたこと。
電話をくれる人ができたこと。
そして、
自分を必要としてくれる人ができたこと。
その積み重ねが、利用者さんの生活を支えていたのではないかと思うのです。
訪問看護をしていると、
症状の変化に目が向きます。
眠れるようになった。
不安が減った。
幻聴が落ち着いた。
もちろん、それらは大切です。
けれど、
「電話をくれる人ができた」
という変化もまた、とても大きな意味を持つことがあります。
数値にはなりません。
検査にも現れません。
けれど、人の暮らしを支える力があります。
私はこの利用者さんから、
人は支えられるだけでなく、誰かを支えることで元気になることがあるのだと教わりました。
薬は症状を和らげることができます。
しかし、人とのつながりが生み出す安心感や役割は、薬だけでは作れません。
だから私は今でも時々思い出します。
利用者さんの生活を支えていたのは、
薬だけではなく、
「電話をくれる人」の存在だったのかもしれない。
そんなことを考えるのです。