訪問看護を始めた頃の私は、問題を解決することが看護師の役割だと思っていました。
熱があれば下げる。
苦痛があれば和らげる。
困りごとがあれば解決する。
もちろん、それは今でも大切な役割です。
けれど、訪問看護を続ける中で、少しずつ考え方が変わってきました。
在宅療養の現場では、「正しい答え」が必ずしも選ばれるとは限りません。
塩分制限が必要だと分かっていても、好きな漬物を食べたい人がいます。
転倒の危険があっても、一人で買い物に行きたい人がいます。
家族に迷惑をかけたくないと言いながら、本当は誰かに頼りたい人もいます。
問題だけを見ていると、なぜそのような選択をするのか理解できません。
けれど、その人が大切にしているものに目を向けると、見え方が変わることがあります。
私は最近、その人が大切にしているものや、向かいたい方向のことを「コンパス」と呼んでいます。
何を守りたいのか。
何を諦めたくないのか。
どんな暮らしを続けたいのか。
何がその人らしさなのか。
それは病名や介護度では分かりません。
血圧や体温を測っても分かりません。
会話の中にあったり、何気ない表情の中にあったり、時にはご本人も気付いていないことがあります。
だから私たちは、そのコンパスを探します。
ただ、訪問看護を続ける中で気付いたことがあります。
利用者さんのコンパスを探すためには、私たち自身にもコンパスが必要だということです。
私にとってのコンパスは、
「説得より納得」
という考え方です。
相手を正しい方向へ導こうとするのではなく、その人が納得できる方向を一緒に探す。
また、
「ないものを見る看護から、あるものを見る看護へ」
という視点もあります。
できなくなったことだけでなく、今もできていることに目を向ける。
そうした考え方が、利用者さんのコンパスを探すための手がかりになっています。
そして、もう一つ気付いたことがあります。
コンパスは変わるということです。
昨日まで「家で過ごしたい」と話していた人が、今日は「入院したい」と言うかもしれません。
昨日まで「一人で頑張る」と言っていた家族が、今日は「助けてほしい」と話すかもしれません。
人の気持ちは揺れ動きます。
体調によっても、出来事によっても変わります。
だから、一度コンパスを見つけたら終わりではありません。
私たちは何度でも確認します。
今日のコンパスはどちらを向いているのだろう。
今、大切にしているものは何だろう。
訪問看護を始めた頃、私は症状を見ていました。
その後、生活を見るようになりました。
そして今は、その人のコンパスを見ようとして訪問しています。
利用者さんのコンパスを探しているつもりでしたが、振り返ってみると、その過程で自分自身のコンパスも少しずつ見えてきました。
だから私は今日も訪問しています。
利用者さんのコンパスを探すために。
そして、自分のコンパスを確かめるために。
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