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光と影のあいだで|訪問看護を続ける中で考えたこと

自転車で訪問先へ向かっていた時のことです。

 

その日は日差しが強く、信号待ちになるたびに木陰を探していました。

 

少しでも涼しい場所にいたかったからです。

 

ふと、

 

「冬は逆だったな」

 

と思いました。

 

寒い日は木陰を避け、日なたを探しています。

 

同じ木。

 

同じ影。

 

けれど、夏と冬では価値がまったく違います。

 

 

私たちは「光」と「影」という言葉を使う時、無意識に善悪を重ねていることがあります。

 

光は明るいもの。

 

影は暗いもの。

 

光は良いもの。

 

影は避けるべきもの。

 

そんなイメージです。

 

けれど、本当にそうなのでしょうか。

 

真夏の日なたは暑く、木陰は心地よい場所になります。

 

冬の日なたは暖かく、木陰は寒さを感じる場所になります。

 

光にも価値があり、

 

影にも価値があります。

 

どちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではありません。

 

 

訪問看護を続ける中で、似たようなことを感じることがあります。

 

私たちはつい、

 

問題をなくそうとします。

 

苦痛を減らそうとします。

 

不安を解消しようとします。

 

もちろん、それは大切なことです。

 

けれど在宅療養の現場では、

 

問題があるから家族が話し合えることがあります。

 

不自由さがあるから人とのつながりが生まれることがあります。

 

病気になったからこそ見えてくるものがあります。

 

 

以前の私は、

 

影をなくそうとしていたのかもしれません。

 

けれど今は、

 

影の中に何があるのかを見るようになりました。

 

影そのものを肯定したいわけではありません。

 

ただ、

 

影があるから見える景色もある。

 

そう思うようになったのです。

 

 

光だけでは眩しすぎることがあります。

 

影だけでは寒すぎることがあります。

 

大切なのは、

 

光か影かを決めることではなく、

 

その人にとって今必要なのはどちらなのかを考えることなのかもしれません。

 

信号待ちの木陰で、

 

そんなことを考えました。

 

 

 

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