それぞれの人生
~ 訪問看護の現場から見える「親亡き後問題」~
重度の障がいや医療的ケアが必要な人と、その家族。
訪問看護の現場では、病気や医療だけでは語れない「人生の問い」に出会うことがあります。
ある20代男性のご自宅を訪問しています。指定難病による重度発達障がいがあり、幼少期から肺炎を繰り返してきました。最終的に喉頭気管分離術を受け、現在も吸引などの医療的ケアが必要です。
母親と自宅で暮らしながら、平日は障がい施設に通所しています。
テレビが好きで、お気に入りの番組を何度も見て過ごします。朝になると玄関の方を気にしながら送迎車を待つ姿があります。通所先は彼にとって、もう一つの大切な居場所になっています。
こうした日常は、家族の長い年月の積み重ねの上にあります。
幼少期からの入退院では母親が常に付き添い続けてきました。長年の介護の中で母親は糖尿病を患い、ばね指の手術も経験しています。自宅ではてんかん発作による受傷予防のため目を離すことができず、吸引や排泄介助など多くのケアが必要です。
医学の進歩により、重い疾患を抱えながらも長く生きることができる時代になりました。それはとても喜ばしいことです。
しかし同時に、家族は新しい問いに向き合うことになります。
ある日、母親はぽつりとこう言いました。
「私が先に逝ったら、この子はどうなるのだろう」
この言葉は決して特別なものではありません。
重度の障がいや医療的ケアを必要とする人の家族が、いつか必ず向き合う問いです。
いわゆる「親亡き後問題」です。
姉はその思いを受け止め、将来は自分が支えていく覚悟をしています。しかし母親は、娘の人生を縛ってしまうのではないかという葛藤を抱えています。
「娘には娘の人生を歩んでほしい」
そう願いながらも、現実には家族の支えなしに生活を維持することは簡単ではありません。
訪問看護では入浴介助や更衣、吸引などの身体ケアや医療的ケアを行います。しかし私たちが大切にしているのは、それだけではありません。
母親の思いに耳を傾け、本人の小さな成長を共に喜び、通所という第二の居場所があることを母親と分かち合うことです。
母親は時折、「迷惑をかけて申し訳ない」と口にします。その言葉を聞くたびに、私たちは訪問できる喜びを率直に伝えるようにしています。
ある日の訪問の帰り際、母親は静かにこう言いました。
「この子と共に人生を歩んでくれて、この子のことを一生懸命考えてくれて、ありがとう」
その言葉を聞いたとき、私は少し戸惑いました。私たちは特別なことをしているわけではありません。訪問看護師として当たり前のことをしているだけだと思っていたからです。
けれど、その言葉は今も心に残っています。
訪問看護とは身体ケアや医療的ケアを担う仕事です。しかし、それだけではありません。
そこには
母親の人生があります。
娘の人生があります。
そして本人の人生があります。
それぞれが自分の人生と向き合いながら暮らしています。
私たちは、その人生の問題をすべて解決することはできません。
けれど、その隣に立つことはできます。
その人がその人らしく生きる時間を、少しでも支え続けること。それが訪問看護の役割なのだと、この家族から教えられました。
そしてもう一つ、訪問看護の現場にいる私たちは考え続けなければならないことがあります。
もし母親が先に亡くなったとき、この人の生活はどうなるのか。
家族だけに未来を委ねてよいのでしょうか。
地域社会はどこまで支えることができるのでしょうか。
医療が命を支えられるようになった今、次に問われているのは「人生をどう支えるのか」ということなのかもしれません。
訪問看護の現場には、制度だけでは解決できない問いがあります。
それでも私たちは、今日も訪問します。
それぞれの人生の隣に立つために。
そして、家族だけが未来を背負うのではなく、地域社会全体で人生を支え合える仕組みとは何かを、訪問看護の現場から問い続けていきたいと思います。
それが、私たちさんふらわぁ訪問看護リハビリステーションが大切にしている訪問看護の在り方です。
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