訪問看護をしていると、利用者さんから看護を教わることがあります。
医療や介護の知識ではありません。
もっと根っこの部分。
「人はどのように生きるのか」
そして、
「人生をどのように振り返るのか」
ということです。
以前、重度難聴の利用者さんを担当していました。
コミュニケーションは簡単ではありません。
会話は限られ、こちらの思いが十分に伝わらないこともありました。
けれど、その方には一つ特徴がありました。
自伝を出版するほど、文章を書くことが好きだったのです。
私は当時、不思議に思っていました。
なぜ、そんなに過去を書き残そうとするのだろう。
なぜ、自分の人生を振り返り続けるのだろう。
若い頃の私は、未来ばかり見ていました。
これからどうするのか。
何を目指すのか。
どう生きていくのか。
そんなことばかり考えていたように思います。
けれど、年齢を重ねると少し景色が変わります。
高齢になると活動範囲は少しずつ狭くなります。
身体は思うように動かなくなり、
目や耳の機能も低下していきます。
外出する機会も減り、
会える人も少なくなっていきます。
そして人生の終盤には、
過去を振り返る時間が増えていきます。
訪問看護の現場でも、昔話をされる方は少なくありません。
仕事の話。
子育ての話。
戦争の話。
夫婦の話。
若い頃の失敗談。
何十年も前の出来事を、昨日のことのように語られることがあります。
それは単なる思い出話ではなく、
人生を整理する時間なのかもしれません。
人には嫌なことを忘れにくい性質があります。
失敗した経験。
傷ついた出来事。
後悔した選択。
本来は危険を回避するために必要な能力です。
だからこそ、放っておくと過去の嫌な場面ばかりが再生されることもあります。
私は時々考えます。
もし自分が寝たきりになり、
静かな時間が増えた時、
どんな場面を思い出すのだろうか。
後悔ばかりだろうか。
それとも、
少しは笑顔になれる場面もあるだろうか。
だから私は、若い頃からコンパスを持ってほしいと思っています。
ここで言うコンパスとは、
成功するための道具ではありません。
誰かと競争するためのものでもありません。
自分がどの方向へ進みたいのか。
何を大切にしたいのか。
人生の途中で迷った時に立ち返れる、自分なりの指針です。
そして、もう一つ。
良い点を探す習慣も持ってほしいと思っています。
これは訪問看護で利用者さんから教わったことでもあります。
失ったものを見るだけではなく、
残っているものを見る。
できないことを見るだけではなく、
できていることを見る。
人生も同じなのかもしれません。
失敗したことだけではなく、
頑張ったこともあった。
失ったものだけではなく、
得られたものもあった。
苦しかったことだけではなく、
嬉しかったこともあった。
高齢者は、私たちの少し先を歩く先人です。
私は利用者さんを通して、
老い方を学んでいるのではなく、
人生のまとめ方を学んでいるのかもしれません。
いつか私自身も年齢を重ね、
静かな時間が増える日が来るでしょう。
その時に、
「あの時は大変だったな」
と思い出しながらも、
「悪くない人生だったな」
と振り返れたら幸せです。
そして、
やっと、ゆっくり過去を整理できる。
そんなふうに思えたなら、
それも人生の大切な時間なのだと思います。
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