認知症の評価に、**長谷川式認知症スケール(HDS-R)**が用いられることがあります。
全国的に広く使われている検査であり、認知機能を把握するための一つの指標です。
もちろん、私も現場で実施することがあります。
ただ、長谷川式を行うたびに思うことがあります。
私は点数だけを知りたいわけではないのです。
例えば、
「今日は何月何日ですか?」
という質問があります。
すぐに答えられる方もいます。
少し考えてから答えられる方もいます。
どちらも正解であれば同じ点数です。
それはそれで間違いではありません。
検査としては正しい評価です。
では、答えられなかった場合はどうでしょうか。
ある方は、近くの新聞を探し始めました。
新聞を読みたかったわけではありません。
新聞の日付を確認して、今日が何日なのか思い出そうとしていたのです。
ある方は、
「今日はゴミの日だったから…」
と曜日から考え始めました。
またある方は、
「看護師さんが来る日だから…」
と予定を手掛かりに思い出そうとしていました。
結果として答えは間違っていたかもしれません。
採点上は0点です。
検査としては不正解になります。
しかし私は、その姿に目が留まります。
なぜなら、その人は答えを探そうとしているからです。
新聞の日付。
ゴミの日。
訪問看護の日。
それぞれ違います。
けれど、そこには共通するものがあります。
それは、
自分なりの方法で世界を理解しようとしていること。
です。
長谷川式の点数は大切です。
現在の認知機能を把握するための指標になります。
私はその価値を否定するつもりはありません。
むしろ必要な評価だと思っています。
ただ、私が知りたいのは点数だけではありません。
点数の向こう側です。
その人がどのような生活を送り、
どのような価値観を持ち、
何を頼りに暮らしているのか。
そしてもう一つ。
私が気になっているものがあります。
それは、
点数の無効側です。
検査では採点されないもの。
正解にも不正解にも含まれないもの。
答えを探そうとした過程。
思い出そうとした工夫。
生活の中で積み重ねてきた習慣。
それらは点数にはなりません。
評価表にも記載されません。
採点上は無効です。
けれど在宅生活では、
その「無効」とされた部分にこそ、大切な手掛かりが隠れていることがあります。
認知機能が低下しても、
新聞の日付を見れば分かる。
ゴミの日なら思い出せる。
訪問看護の日が目印になる。
それは単なる知識ではありません。
その人が生活を続けるための工夫です。
言い換えれば、
その人が人生の中で育ててきた道しるべです。
私は認知症の検査をするとき、
点数の向こう側だけではなく、
点数の無効側も見ています。
なぜなら、
その人が何を失ったのかだけでなく、
何を頼りに生きているのかを知りたいからです。
点数は現在地を教えてくれます。
けれど、
その人がどのような地図を持ち、
何を道しるべに歩いているのかまでは教えてくれません。
だから私は今日も、
認知症の点数だけではなく、
その人だけのコンパスを探しています。
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