先日、心不全で入院されていた利用者さんの退所前カンファレンスに参加しました。
症状は改善したものの、入院によるADL低下もあり、一度は老人保健施設へ入所。リハビリを終え、このたび自宅へ戻られることになりました。
会議には、ご本人のご家族をはじめ、
施設ケアマネジャー
施設デイサービス責任者
施設看護師
施設セラピスト
施設栄養士
居宅ケアマネジャー
福祉用具専門相談員
訪問看護師(私)
など、多くの関係者が集まりました。
会議では、心不全の再発予防について話し合われました。
服薬管理はどうするか。
塩分制限は守れるか。
日常生活動作はどこまでできるのか。
福祉用具は何が必要か。
どれも大切な内容です。
私も看護師ですから、本来であれば気になる話題ばかりでした。
ところが、その日は不思議と質問したいことがあまり浮かびませんでした。
ご家族が薬のことや塩分のことを確認されるたびに、
「ああ、確かにそれも大切なことだな」
と思う程度でした。
なぜだろう。
会議が始まる前、ご本人と少しお話をしました。
その時に感じたのです。
「大丈夫そうだな」と。
もちろん、病気が治ったという意味ではありません。
心不全が再発しない保証などありません。
身体機能も以前と同じではありません。
それでも、ご本人の表情や雰囲気に大きな不安は感じませんでした。
そして何より、ご家族に悲壮感がありませんでした。
訪問看護を始めた頃の私は、もっと細かいことが気になっていたと思います。
薬は本当に飲めるのだろうか。
塩分制限は守れるのだろうか。
転倒しないだろうか。
再入院にならないだろうか。
そんなことばかり考えていました。
けれど、在宅で多くの方と関わる中で気付いたことがあります。
それは、
どれだけ準備しても、帰ってみないと分からない。
ということです。
在宅生活は予測不能です。
心配していたことが何も起きないこともあります。
逆に、誰も予想していなかったことが起きることもあります。
会議で確認した内容がそのまま実現するとは限りません。
生活は、計画書どおりには進まないのです。
だからこそ私は、
「問題が起きるかどうか」
よりも、
「問題が起きた時に一緒に考えられるか」
の方が大切だと思うようになりました。
帰宅後、塩分制限がうまくいかない日があるかもしれません。
薬を飲み忘れる日があるかもしれません。
体調を崩すこともあるでしょう。
でも、それも含めて生活です。
大切なのは、完璧に過ごすことではなく、
その人らしく暮らし続けることなのだと思います。
会議の最後、ご本人に声を掛けました。
「また団子屋に行きましょうね」
会議では薬の話も、塩分の話もたくさん出ました。
でも私の頭にあったのは、以前一緒に出掛けた時のことでした。
その方にとって大切なのは、病気の管理だけではありません。
どこへ行きたいのか。
何を食べたいのか。
誰と過ごしたいのか。
そんな生活の楽しみも同じくらい大切です。
帰ってみないと、分からない。
だからこそ私は、退院後の生活に希望を持ちたいと思います。
うまくいく保証はありません。
けれど、うまくいかない保証もありません。
その時はまた一緒に考えればいい。
訪問看護とは、そんな仕事なのかもしれません。
そして私は、次にお会いした時、
まず団子屋の話を聞こうと思っています。🌻
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