病院で、退院後の生活に向けた指導を受けてきた利用者さんがいました。
病院では、歩き方や動作方法、介助の受け方などを練習します。
必要に応じて家屋調査も行われ、退院後の自宅環境を確認しながら準備が進められます。
退院支援は年々進歩しており、以前よりも在宅生活を具体的にイメージできるようになってきました。
言うなれば、病院は退院後の生活に向けた「地図」を作る場所です。
どの道を進み、どこに気を付ければ良いのか。
専門職が経験や知識をもとに、できる限り安全な航路を描いてくれます。
それはとても大切なことです。
けれど、実際に在宅生活が始まると、その地図通りに進むとは限りません。
在宅では、地図通りにいかない
退院してみると、
思ったより疲れる。
思ったより動けない。
反対に、思ったよりできることもある。
家族との距離感。
長年続けてきた生活習慣。
本人の価値観。
病院では見えなかったものが、次々と現れてきます。
その結果、
「病院で教わった通りにできない」
「うまくいかなかった」
「失敗してしまった」
と感じる方も少なくありません。
しかし私は、それを失敗だとは思わないのです。
在宅生活とは、トライアンドエラーの繰り返しだからです。
エジソンの言葉
私が好きな言葉の一つに、発明家トーマス・エジソンの言葉があります。
「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ」
在宅療養も同じように感じます。
病院で作られた地図を参考にしながら、
実際の生活の中で試してみる。
うまくいけば続ける。
うまくいかなければ別の方法を試してみる。
そうした繰り返しの中で、その人らしい生活の形が少しずつ見えてきます。
私は利用者さんやご家族に、
「病院で教わったことを土台にしながら、自宅では一緒に調整していきましょう」
「良い方法もあれば、うまくいかない方法もあります」
「そのうちに、自分たちなりのやり方が見えてきますよ」
とお伝えすることがあります。
在宅の勲章
ある利用者さんは、退院後の生活の中で何度か転倒し、脚にたくさんの傷を作っていました。
ご本人もご家族も申し訳なさそうにされていました。
もちろん、怪我はしない方が良い。
それは間違いありません。
しかし私は、その時こうお伝えしました。
「在宅の勲章ですね」
少し驚いた表情をされました。
私は続けます。
「動かなければ怪我はしません」
「怪我をしたということは、それだけ生活しているということですよ」
すると利用者さんは、
「ありがとうございます」
と笑顔で話してくださいました。
地図ではなく、コンパス
病院で渡される地図は、とても大切です。
けれど、在宅生活では地図だけでは足りません。
なぜなら人生には、予定通りにいかないことがたくさんあるからです。
だから必要なのは、
完璧な地図ではなく、
方向を確認するためのコンパスなのだと思います。
少し道を外れても良い。
立ち止まっても良い。
遠回りしても良い。
その都度、方向を確かめながら進んでいけば良い。
在宅療養のコンパス
私が「在宅療養のコンパス」という言葉を大切にしているのは、そのためです。
在宅療養には、正解が一つとは限りません。
利用者さんによって。
ご家族によって。
暮らしによって。
目指す方向は変わります。
私たち訪問看護師の役割は、地図を押し付けることではなく、その人に合った方向を一緒に探すことなのかもしれません。
地図通りにいかなくても大丈夫です。
試行錯誤しながら進むことも、在宅療養の大切な一部です。
迷ったときには、また方向を確かめればいい。
在宅療養のコンパスとは、そんな旅路を支えるためのコンパスでありたいと思っています。
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