精神科病院で働いていた頃の話です。
まだ看護師として経験も浅かった頃。
その方は、私が二人目に担当した患者さんでした。
入院当初は症状も不安定で、苦しさを抱えながら病棟で過ごされていました。
けれど、少しずつ症状が落ち着き、約二か月が過ぎた頃、退院が決まりました。
私は嬉しく思いました。
その一方で、不思議な気持ちもありました。
なぜか「退院」という感じがしなかったのです。
退院前日だったでしょうか。
私は担当看護師さんに話しました。
「退院という気がしないんですよね」
「卒業ですね」
と。
そして、退院されるご本人にも伝えました。
「ご卒業おめでとうございます」
と。
今振り返ると、不思議な言葉だったかもしれません。
病院ですから、本来は「退院おめでとうございます」です。
けれど当時の私は、自然と「卒業」という言葉を選んでいました。
卒業とは何でしょうか。
学校を卒業したからといって、人生が終わるわけではありません。
むしろ、その先の新しい生活が始まります。
学んだことを持ちながら、自分の道を歩いていくための区切りです。
その患者さんも同じでした。
症状が落ち着いたとはいえ、人生の課題がすべて解決したわけではありません。
これからも悩むことがあるかもしれません。
不安になる日もあるかもしれません。
それでも、病院という環境を離れ、自分の生活へ戻っていく。
私はその姿を見ていました。
だから「退院」よりも「卒業」という言葉の方がしっくりきたのだと思います。
訪問看護を続ける中で、私は何度も別れを経験してきました。
お看取りだけではありません。
施設への入所。
サービス終了。
担当変更。
そして、利用者さん自身が過去の自分と別れていく姿。
さまざまな別れがあります。
けれど今思うのです。
別れは、終わりだけではないのかもしれないと。
何かを失うことでもありますが、同時に何かが始まることでもあります。
あの時の患者さんは、今どこで何をしているのでしょう。
もちろん分かりません。
けれど、時々思い出します。
精神科病院で二人目に担当した患者さん。
そして、自分が初めて口にした言葉。
「ご卒業おめでとうございます」
看護師になってから多くの年月が経ちました。
それでも、あの言葉は今も私の中に残っています。
もしかすると私はあの頃から、退院や別れを「終わり」としてではなく、「次の人生への旅立ち」として見ていたのかもしれません。
だから今も、利用者さんやご家族との別れの中に、どこか出逢いのようなものを感じるのだと思います。🌻
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