訪問看護をしていると、利用者さんから時々、考えさせられる質問を受けることがあります。
先日、ある利用者さんからこんなことを聞かれました。
「色んな利用者さんの人生を見てきて、どう思いますか?」
一瞬、答えに詰まりました。
おそらく利用者さんが知りたかったのは、人生相談の答えではありません。
「他人の人生をたくさん見てきたあなたは、何を感じていますか?」
そんな問いだったように思います。
訪問看護をしていると、本当に色んな人生に出会います。
仕事に人生を捧げてきた人。
家族を支え続けてきた人。
病気や障がいと向き合い続けてきた人。
後悔を抱えている人。
誇りを持っている人。
同じ人生は一つとしてありません。
若い頃の私は、たくさんの人生を見れば、何か共通する答えが見つかるのではないかと思っていました。
こう生きるのが正しい。
こう選ぶのが幸せだ。
そんな答えがあるような気がしていました。
けれど訪問看護を続ける中で、むしろ逆のことを教わりました。
人それぞれ違う。
本当に違う。
だからこそ、人生には一つの正解がない。
生活には、ある程度の正解があります。
栄養状態は良い方が良い。
転倒しない方が良い。
服薬できた方が良い。
睡眠は取れた方が良い。
医療や看護は、その正解を支えることができます。
しかし、暮らしになると話は変わります。
好きな漬物を食べたい。
最期まで自宅で暮らしたい。
家族に迷惑をかけたくない。
施設の方が安心だと思う。
どれも間違いではありません。
どれも、その人なりの選択です。
訪問看護を続ける中で気付いたことがあります。
利用者さんは病気だけと向き合っているのではありません。
老いとも向き合っています。
別れとも向き合っています。
そして、自分自身の人生とも向き合っています。
ある程度の年齢になると、過去の話をされる方が増えます。
若い頃の仕事の話。
家族の話。
失敗したこと。
嬉しかったこと。
私は以前、それを思い出話だと思っていました。
けれど今は少し違うように感じています。
人は人生の終盤に、自分の人生を整理しようとしているのかもしれません。
最近、私は訪問看護の楽しさについて考えることがありました。
そして一つの答えに辿り着きました。
私は、
「人生がまとまっていく過程を見守ること」
に楽しさを感じているのだと思います。
利用者さんが過去を語る。
大切にしてきたものを語る。
自分なりの意味を見つけていく。
その過程に立ち会わせていただく。
そして、その姿から私自身も学ばせていただく。
色んな人生を見てきて、どう思いますか?
そう聞かれたら、今の私はこう答えるかもしれません。
「人それぞれですね。」
とても当たり前の答えです。
けれど、訪問看護を続けてきた今は、その言葉の重みを感じています。
色んな人生があります。
色んな幸せがあります。
色んな後悔があります。
そして、色んな人生のまとめ方があります。
だから私は、利用者さんの人生に正解を示したいとは思いません。
その人が、その人なりに納得できる人生を歩めるように。
その人自身のコンパスを見つけられるように。
そんな関わりができたらと思っています。
それが、色んな人生を見てきた今の私の答えです。
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