病状の進行により寝たきりとなり、四肢麻痺のある利用者さん。自力での排便が困難となり、浣腸や摘便、洗浄、オムツ交換といったケアが必要な状況でした。
その方は、元来とても気を遣われる方で、ケアのたびに必ず「ごめんね」と言われていました。
「汚いことをさせてごめんね」「いつも本当に申し訳ないね」自分の汚物処理に、他人の力を借りなければならないこと。それが、その方にとっては強い負い目になっているようでした。
私たちは看護師として、「それが私たちの仕事ですから」「気にしないでくださいね」そう伝えてきました。
けれど、その言葉に返ってくるのは、決まって「ごめんね、いつも汚いことさせて」という返答でした。役割としての説明では、その方の申し訳なさは、軽くならなかったのだと思います。
ある日のケアの中で、私はふと、こんな言葉をお伝えしました。「私たちは、便を取りに来ているわけじゃないんですよ」「〇〇さんの“気持ち悪さ”や“不快感”を取りに来ているんです」と。
すると利用者さんは少し驚いたような表情をされて、しばらく黙っておられました。そして、その日を境に、言葉が変わりました。
「ごめんね」ではなく、「ありがとう」と言われるようになったのです。状況が変わったわけではありません。浣腸も摘便も、オムツ交換も、これまで通り必要でした。変わったのは、「迷惑をかけている」という捉え方から、「自分のつらさを受け取ってもらっている」という感覚だったのだと思います。
看護師として、その変化に立ち会えたことを、私は今でもはっきりと覚えています。それは、技術がうまくいったという喜びとは違う、胸の奥に静かに残る嬉しさでした。
私たちは、医療処置や身体介助を提供する仕事です。けれど同時に「申し訳なさ」や「遠慮」といった、その人の心の負担を引き受ける仕事でもあると考えています。
訪問看護は、生活の中に入る看護です。排泄も、清潔も、その人の尊厳と切り離すことはできません。「汚いことをさせている」のではなく「不快を取り除くために関わっている」。そう伝わったとき、人は初めて、安心して「ありがとう」と言えるのかもしれません。
これが、私たちの大切にしている看護観です。
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