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その人らしさ・わがまま・身勝手 - 訪問看護で、私たちが線を引くとき -

その人らしさ・わがまま・身勝手

- 訪問看護で、私たちが線を引くとき -

       

その人らしさは、どこまでか。わがままや身勝手とどう向き合うのか。それは、私たちが日々現場で問い続けているテーマです。

 

 私たち「さんふらわぁ 訪問看護リハビリステーション」が、日々の訪問看護のなかで何度も立ち止まり、考え続けているテーマがあります。

 

それが「その人らしさ」と「わがまま」は、どこで分かれるのか?という問いです。

 

在宅で生活するということは、その人の人生や価値観が、生活のすべてに色濃く反映されるということでもあります。訪問看護は、その最も近くに関わる仕事です。

 

だからこそ私たちは、「その人らしさ」を大切にしたいと強く思う一方で、「これは誰のための支援なのだろう」と自問する場面にも、数多く出会います。

 

「その人らしさ」とは何か?

 

「その人らしさ」とは、単なる希望や要望の集合ではありません。

 

・これまでどんな人生を歩んできたのか

・何を大切にして生きてきたのか

・何を失い、何を守ろうとしているのか

 

そうした背景すべてを含んだ、生き方そのものだと、私たちは考えています。

 

たとえば、毎日決まった時間にお茶を飲むこと。どんなに体調が悪くても身だしなみを整えたいという思い。「最期まで家で過ごしたい」という強い願い。

 

これらは医療的・効率的な視点だけでは測れない、確かにその人を支えてきた「その人らしさ」です。では、

 

「わがまま」とは何でしょうか?

 

一方で、「わがまま」と感じられる場面も、訪問看護の現場には確かに存在します。

 

他の利用者やスタッフへの影響を考慮しないように見える要求。安全や専門的判断を軽視しているように映る行動。 強い口調や繰り返される要望。

 

こうした言動は、現場では負担として受け止められがちです。ただし私たちは、「わがまま」という言葉を安易に使わないよう、意識しています。

 

なぜなら、その奥には、病気や老いによる不安。 できていたことができなくなる喪失感。誰にも頼れない孤独や恐れ、といった、整理されないままの感情が隠れていることが多いからです。

 

わがままは、他者を困らせたい意図から生まれるものではなく、「助けてほしい」という思いが、うまく言葉にならない状態とも言えます。

 

「身勝手」と呼ばれる状態とは?

 

「身勝手」と言わざるを得ない状況も、確かに存在します。

 

身勝手とは、 他者やチームへの影響を理解したうえで、 状況やルール、専門的判断を知りながら、 それでもなお、自分の要求だけを優先し続けることを指すと、私たちは考えています。

 

そこには、対話や調整への拒否、関係性を壊しても構わないという態度が含まれることがあります。

 

訪問看護は、限られた人員と時間、地域資源の中で成り立っています。その前提を共有できないまま要求だけが強まると、結果として、他の利用者さんやスタッフの生活・尊厳を脅かしてしまいます。

 

需要と供給の関係がつくる、見えにくい歪み

 

在宅医療・介護の現場では、地域や状況によって、サービスを「提供する側」よりも「受ける側」が強い立場になることがあります。

 

「ここを断られたら、もう頼れるところがない」

 

そんな切実な思いがあるからこそ、無理な要望が通ってしまうこともあります。しかしそれが続くと、 現場スタッフの心身の疲弊、 チーム内での価値観のズレ、 看護の質そのものの低下 につながりかねません。

 

さんふらわぁでは、利用者さんを守ることと、スタッフを守ることは対立しないと考えています。どちらか一方が犠牲になる支援は、長く続かないからです。

 

訪問看護師にも「その人らしさ」がある

 

訪問看護では、利用者さんの「その人らしさ」が語られることが多い一方で、看護師・リハビリ職といった支援者側にも「その人らしさ」があるという視点は、見落とされがちです。

 

・どんな看護を大切にしてきたのか

・どこまで誠実に関わりたいと思っているのか

・安全や尊厳をどう守りたいのか

 

これらもまた、専門職としての「その人らしさ」です。

 

たとえば、

 

「それは危険だからできない」

「その支援は、本人の力を奪ってしまうかもしれない」

 

そう感じながらも、関係性を壊すことを恐れて言えなかった経験を、私たちは何度も振り返ってきました。

 

その沈黙が続くとき、気づかないうちに看護師自身の思いがすり減り、やがてそれは“エゴ”や“諦め”に変わってしまいます。

 

身勝手と判断したとき、どう線を引くのか

 

わがままの背景を丁寧に聴き、それでもなお調整ができない場合、私たちは**「身勝手」として線を引く判断**をします。

 

それは、突き放すことでも、関係を断つことでもありません。

 

・できること・できないことを明確に言葉にする

・判断の根拠を、専門職として誠実に説明する

 ・個人ではなく、チームとして同じ姿勢をとる

 

この三つを揃えたうえで、「ここまでは応えられるが、ここから先は応えられない」という境界線を共有します。

 

その線引きは、利用者さんの尊厳を守るためであると同時に、他の利用者さん、そしてスタッフの生活と専門性を守るためのものです。

 

さんふらわぁでは、「断ること」もまた、関係性を続けるための大切なケアの一部だと考えています。

 

その人らしさ・わがまま・身勝手をどう捉えるか

 

私たちは、現場での判断を次の三層構造として整理しています。

 

その人らしさ:人生や価値観に根ざした、大切に守られるべきもの

 

わがまま:不安や喪失感が形を変えて表れた、調整可能なサイン

 

身勝手:関係性や他者への影響を理解したうえで、それを手放した選択

 

この三つを行き来しながら考えることで、「受け入れるべきか」「立ち止まるべきか」「線を引くべきか」をチームで共有し、判断しています。

 

エゴにならないために、さんふらわぁが大切にしていること

 

1. 「できない」を専門職として丁寧に伝える

 すべての希望に応えることはできません。だからこそ私たちは、できない理由を曖昧にせず、

 

・安全面

・専門的判断

・チームとしての合意

 

を踏まえて、誠実に説明することを大切にしています。

 

2. 要求の奥にある背景を聴く

 表に出ている言葉だけで判断せず、

 

「なぜ、そこまで強く望まれるのか」

 

を丁寧に聴くことで、支援の形が変わることがあります。

 

実際に、強い口調で要望を繰り返していた利用者さんが、思いを言葉にできたことで、穏やかな関係に変わったケースも少なくありません。

 

3. 一人で抱え込まない、チームで考える

 

さんふらわぁでは、

 

「これはその人らしさを守れているか」

「私たちの都合だけになっていないか」

 

という問いを、スタッフ間で共有し続けています。

 

正解を一人で出そうとしないことが、エゴを防ぎ、支援を深めると信じています。

 

「その人らしさ」は、関係性の中で育つ

 

「その人らしさ」は、利用者さんだけが主張するものでも、支援者が決めるものでもありません。

 

対話を重ね、迷い、立ち止まりながら、一緒につくっていくものだと、私たちは考えています。

 

・利用者さんの人生と尊厳を守ること

・支援者が無理をしすぎず、誠実でいられること

 

その両立の先にこそ、「さんふらわぁらしい訪問看護」があるのだと思います。「その人らしさ」と「わがまま」は、確かに紙一重です。

 

だからこそ私たちは、考えることをやめません。それは、目の前の一人ひとりと、真剣に向き合い続けたいという意思表示なのだと思っています。

 

 

 

訪問看護では、日々さまざまな葛藤や対話があります。

 

さんふらわぁが大切にしている考え方や、現場で感じていることについては、以下のページでも紹介しています。

 

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