1%の可能性に、看護は何ができるのか
〜施設入所を考えはじめた認知症の母と娘の物語〜
訪問看護の現場では、「もう難しいかもしれない」と感じる場面に、何度も出会います。
認知症の進行によって生活に支障が出始め、笑顔が減り、食事や排泄といった基本的な生活行為が難しくなっていく。その現実を前に、ご家族が施設入所を考え始めることも、決して特別なことではありません。
医療の現場では、症状の進行を止められない場合、「これ以上できることはない」と判断されることがあります。それは決して間違いではなく、安全性や再現性を重視する医療においては、とても合理的な考え方です。
けれど、訪問看護は生活の場に入る看護です。
私たちは、治療だけでなく、「その人が今、どう生きているか」「これからの時間をどう過ごしたいか」を看る役割を担っています。
ある認知症の利用者さんは、記銘力低下が進み、排泄の失敗が増えていました。ご家族の負担も大きくなり、施設入所が現実的な選択肢として話題に上がっていました。
一般的には、“諦めのフェーズ”と捉えられてもおかしくない状況です。
それでも私たちは、「0%ではないなら、まだ看護ができる」と考えました。
トイレを意識できるよう環境を整え、視覚的な手がかりとなるポップを作成しました。想起法を取り入れるため、ご家族に昔のアルバムを準備していただき、その方が大切にしてきた記憶に触れる時間をつくりました。
同時に、ご家族とこまめに変化を共有しながら、「疾患」ではなく「今のその人」を一緒に見ていく視点をお伝えしました。
すると、ご家族の受け止め方が少しずつ変わっていきました。
「治らないから仕方がない」から、「1%でも可能性があるなら信じてみたい」へ。
できなくなっていくことではなく、今もできていることに目を向けられるようになり、「施設に入れるかどうか」ではなく、「今をどう生きるか」を家族で考えられるようになっていきました。
0%だと思われていたところに、1%の可能性を見つけること。その1%を、利用者さんやご家族と一緒に大切に育てていくこと。私たちは、そんな看護を積み重ねています。
さんふらわぁ訪問看護リハビリステーションでは、病気や症状だけを見るのではなく、その人が「今をどう生きているか」を大切にした看護を行っています。
たとえできなくなることが増えても、可能性が0になるわけではありません。1%でもその人らしさが残っている限り、私たちはご本人とご家族とともに、その可能性を探し続けます。
住み慣れた地域で、その人らしい時間を重ねていけるように。私たちは、生活に寄り添う訪問看護でありたいと考えています。
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